特集

秩父高校・特進クラス 20年続く特進クラス 仲間と高め合う環境と進路支援

秩父高校 特集第4弾:進路指導と特進クラス

秩父高校には、大学進学を目指す生徒のための「特進クラス」があります。20年以上の歴史を持ち、同じ志の仲間と高め合いながら学べる場として続いています。

塾や予備校に通わなくても学校の中で力を伸ばし、行きたい大学を目指せる。身近な場所で、高い目標に挑みたい生徒を学校が支える体制です。特進クラスはどのように受け継がれ、そこで学んだ生徒は何を思っているのでしょうか。

特進クラスを2度担任し、自身も特進クラスの卒業生である野坂典広先生と、卒業生の黒沢颯太さん、大野結叶さんにお話を聞きました。

野坂先生、黒沢さん、大野さん

野坂典広 教諭

野坂 典広 教諭
(のさか・のりひろ)

秩父市出身。秩父高校の特進クラス卒業後、早稲田大学教育学部で地理歴史を専攻。2016年に本採用され秩父高校へ着任、専門は日本史。特進クラスの担任を2020〜2022年度と2023〜2025年度の2度務めた。
趣味は読書と映画鑑賞で、本や映画から得た言葉をクラス通信で生徒に届けてきた。インドのヒューマンコメディ映画『きっと、うまくいく』は人生を変えてくれた作品。

黒沢 颯太 さん
(くろさわ・そうた)

千葉大学理学部地球科学科4年。中学から陸上競技に打ち込み、短距離から中長距離へ。高校でも陸上競技部を続け、副部長を務めた。中学時代から地学に興味を持ち、大学では岩石を研究している。2026年度は母校・秩父高校で教育実習を行った。

黒沢颯太 さん

大野 結叶 さん
(おおの・ゆいと)

筑波大学生命環境学群生物学類1年。高校では吹奏楽部でパーカッションを担当し、学生指揮者も務めた。中学から取り組んできた吹奏楽を大学でも続け、管弦楽団の演奏会のたびに秩父と筑波を行き来している。

大野結叶 さん

学校の中で、進路を目指せる

特進クラスが大切にしてきたのは、進路指導を秩父高校の中で完結させることです。高い目標を持つ生徒を、学校が支えます。

 ー 学校の中で進路を支えることに、どんな思いがありますか。

野坂先生 身近な場所でしっかり力を伸ばし、行きたい大学を目指せるようにしたいということです。特別なことをしているというより、生徒が必要としているものをできるだけ学校の中でそろえたいと考えてきました。その土台にあるのが、20年以上にわたって積み重ねられてきた指導の蓄積です。歴代の先生たちが築いてきたものを引き継ぎ、今のクラスにつなげています。

「志のある生徒が集まる」クラス

特進クラスが秩父高校に設けられたのは2002(平成14)年度です。地域にもその存在は知られ、学校説明会や個別相談会では特進クラスについて尋ねる生徒も多く居ます。

 ー 特進クラスには、どうすれば入れるのですか。

野坂先生 入り口で分かれているわけではなく、合格した生徒の中から希望者を募って選抜試験を行い、クラスを編成します。2年、3年への進級時にも成績と希望による選抜があり、途中から入ることもできます。規模は30人ほどで、原則1クラスです。

黒沢さんと大野さんも、中学生のときに高校を調べる中で特進クラスの存在を知りました。学校のパンフレットや、同じ中学から秩父高校を目指す仲間との会話がきっかけだったといいます。

黒沢さん 入学前は特進クラスでどんなことができるのかまでは、詳しく知りませんでした。成績の良い人が集まるクラスなのかな、というくらいのイメージ。しっかり勉強できる環境なら良いなと思って志望しました。

大野さん せっかくなら、上を目指しておいたほうが良いかな、と思いました。

 ー 野坂先生にとって、特進クラスはどんなクラスですか。

野坂先生 特進クラスは、「勉強ができる生徒」が集まるクラスではなく、「志のある生徒」が集まるクラスだと思っています。同じ志を持つ仲間と学べる場です。

対談の様子

模試のデータをもとに、進路を一緒に描く

進路指導は、生徒一人ひとりと向き合いながら進みます。二者面談では、模試のデータを見ながら弱点を整理し、次の模試や入試までに何を課題に、どう取り組んでいくかを話し合います。

野坂先生 こちらが一方的に話すのではなく、模試の成績を見ながら「次までにどうしようか」「どこが弱点かな」と生徒自身に課題を認識してもらいます。そのうえで計画を一緒に立てて支えていきます。第1志望だけでなく、3年生の秋には共通テストと2次試験の配点や傾向を踏まえ、第2・第3の志望校も一緒に考えます。予備校や模試を運営する会社と検討会を開いて動向を教えてもらい、得た情報を生徒に伝えています。

 ー 受験のときに印象に残っているサポートはありますか。

黒沢さん 志望を千葉大学に絞っていくとき、野坂先生が「その傾向に合わせた模試があるよ」と教えてくれました。自分で判断する材料がそろって、とても助かりました。

野坂先生 知らなかったから受けられなかった、選べなかった。そういうことが生徒に起きないようにしたい、といつも意識しています。

野坂先生と卒業生の面談

 ー 目標が決まっていない生徒には、どう関わっていますか。

野坂先生 一緒に大学のサイトを見たり、研究室や教授を調べたりします。見ているうちに興味を持つ生徒もいます。目標は途中で変わっても良いから、まず一つ設定しよう、と。目標がないまま頑張り続けるのはしんどいですし、今の実力より1つ2つ上を狙ってみよう、と伝えています。

 ー こうした指導は、どのように受け継がれてきたのですか。

野坂先生 私が高校生だったころの恩師に、模試の分析を徹底する先生がいました。また、以前、特進クラスを担当していた先生方から学んだことを、自分なりに取り入れてきました。私一人で築いたものではなく、先生方が積み重ねてこられたものを受け継いでいます。新旧の担任が集まる会を開いたり、過去のクラス通信を見せ合ったりと、指導のノウハウは担任団の中で共有されています。

それぞれのペースと、支え合う空気

野坂先生 2年生の前半までは学習時間を記録し、週ごとに振り返ります。どの科目にどれだけ取り組んだかを見えるようにして、偏りがないかを確かめます。学習習慣が身についた2年生後半からは自分のペースで続けていきます。さらに、生徒の学びを支えるのが、教室や自習室の開放です。朝や放課後、長期休みや共通テストの後も生徒が勉強できる場所を用意しています。

黒沢さん 野坂先生が「教室を使って良いよ」と言ってくれたので、部活の後や長期休業中にクラスメイト数名と一緒に勉強していました。家だとサボってしまうので、行けば仲間が居るのが良かったです。

 ー 野坂先生の「モーニングスタディクラブ」という朝学習の呼びかけもあったそうですね。

黒沢さん 電車やバス通学の人は、早く着いた時間を持て余さないように、朝、教室で勉強していました。自分は自転車通学で余裕があったので、逆に家で勉強していました。

野坂先生 そういう呼びかけをしたことで、受験が近づくにつれて、言われずとも朝や放課後に自習するようになったと思います。

自習室 自習室の掲示

 ー クラスメイトは、みんな同じ熱量でしたか。

黒沢さん 進学に向けて頑張る点は同じでも、熱量には差がありました。各々の部活との兼ね合いもありますし、1〜2年生のうちは遊びたい気持ちもあります。でも受験が見えてくると、みんなそこに向かって進んでいきました。

大野さん 自分なりに高い目標を持っていましたが、張り詰めてばかりだと辛くなってきます。そんなとき「ちょっとサボろう」と言える仲間が居て、良い息抜きになりました。それぞれ目標も性格も違うけれど「みんなで」という感じはありました。

黒沢さん 良い意味でも悪い意味でも干渉しすぎず、同じ志を共有しつつ、それぞれが自由に頑張っていました。関わるときは関わる、という距離感でした。

担任と生徒をつなぐ「クラス通信」

野坂先生が担任だったころ、生徒との関係づくりに一役買っていたのがクラス通信です。そこで続けていたのが「毎月の言葉」でした。

 ー 「毎月の言葉」は、どんな思いで載せていたのですか。

野坂先生 どうしても「勉強、勉強」となってしまいがちなので、折にふれて出合った言葉を通信に載せていました。本や映画の一節もあれば、その年の干支にちなんだものもあります。寅年には、映画『男はつらいよ』の寅さんの「お天道様は見ているぜ!」という言葉を選び、巳年には、修学旅行で訪れた広島にかけて、広島弁の「じゃけぇ」から「じゃけぇ、それでも前を向いて進んでいくんじゃ」という言葉を贈りました。「大脳に汗をかく」は、私の高校時代の国語の先生がよく使っていた言葉で、面白いなとずっと心に残っていたものです。

 ー 毎月の言葉をどう受け止めていましたか。

大野さん 野坂先生の毎月の言葉は、みんなで話題にして生徒同士でも言い合っていました。僕は「じゃけぇ」が特に気に入って、中学生へ向けたメッセージにも入れたくらいです(笑)

野坂先生が発行していたクラス通信

野坂先生が発行していたクラス通信

部活との両立、家庭に伝えたいこと

勉強に力を入れる特進クラスにも、部活動と両立している生徒は少なくありません。黒沢さんは陸上競技部で中長距離の選手として副部長を、大野さんは吹奏楽部でパーカッションと学生指揮者を務めながら、3年間を過ごしました。

 ー 部活と勉強の切り替えは、大変ではなかったですか。

黒沢さん 当時は体力もあったので、大丈夫でした。今やったら疲れてしまうかもしれません。

進路の実現は、学校の指導だけで成し遂げられるものではありません。家庭の支えも、大きな後押しになります。

 ー 保護者には、どんなことを伝えていますか。

野坂先生 受験が近づくと、やはり生徒は不安になります。ご家庭で心配して声をかけすぎると、かえって不安が膨らんでしまう。ご家族には、生徒が安心して過ごせる、休める場をつくってほしいと思っています。進路のアドバイスや情報提供は学校が担いますので、そこは信頼して任せてほしい。保護者の方が生徒と進路の話をするときは「そんなの無理じゃない」ではなく、何に興味があるのか、生徒の声に耳を傾けてあげてほしいです。

三者面談では、進学先について、学費や通学費など費用の面も含めて話します。黒沢さんも、受験前の宿泊や奨学金の手続きなどを、家族に支えてもらったといいます。

 ー ご家庭では、どんなサポートがありましたか。

大野さん 親は「やりたいことをやれば」という感じで見守ってくれていました。ただ、模試のときは朝が早く夜も遅いので、送り迎えを頼むのは少しドキドキしました。協力してもらえて、ありがたかったです。

卒業生の現在、そしてこれから

特進クラスを卒業した2人は今、それぞれの場所で学んでいます。

赤本を読む黒沢さん

 ー 特進クラスの3年間は、今の自分にどうつながっていますか。

黒沢さん 大学に入って、改めて「周りの環境は大切だな」と思うようになりました。勉強だけでなく部活も頑張る仲間の中に身を置けたのは、良い財産です。無事に大学に合格したとき、周りのサポートへの感謝を、これまでで一番感じました。

 ー これから特進クラスを目指す人に、伝えたいことはありますか。

大野さん 僕が大切にしているのは「運命は受け入れるものではなく、作り出すもの」ということです。結局は自分次第ですが、頑張れる環境があってこそ、力を伸ばしていけます。だからこそ、そういう環境のある場所を選んでほしいと思います。特進クラスは、いろいろな人を迎え入れてくれる場。これから秩父高校に入学する人に、一つの選択肢になれたらうれしいです。

 ー 最後に、特進クラスをどう見ていますか。

野坂先生 20年以上の歴史があって、いろいろな先生が担任してきました。その担任から学ばせてもらったものを、自分の中に取り入れて実践してきました。培われてきたノウハウや経験は、後に続く教員へと引き継がれています。先生方が築いてきたものの上に、自分も立たせてもらっています。全力で向き合いたいと思える生徒たちに出会えた3年間でした。勉強についていけるか不安があっても、進学したい気持ちがあれば、同じ志を持つ仲間のもとへ、ぜひ飛び込んでほしいと思います。

野坂先生、黒沢さん、大野さん

秩父高校
設立:1907(明治40)年5月7日
埼玉県秩父市上町2丁目23−45
TEL:0494-22-3606
https://chichibu-h.spec.ed.jp/